編集雑記 No.101〜
No.109 2023年5月某日

 廃屋寸前のごとき小社ホームページに新刊情報の小さな灯をともす。今回も1年半のブランク。コロナ以降足かけ5年、売り上げは地を這い、生産点数は辛うじて4冊。これでは出版「業」を名乗るのもおこがましい? 正業の矜恃はあれど、生業ではない。出版自体が危機に曝されている中、展望なし、なす術もない様を見かねて、親切な外野からは廃業勧告の声が届く。やめるエネルギーがわかないなどとお茶を濁しているが、「その先のこと」を考えないのは無責任になると言われると答えに窮する。
 迫り来る年齢的限界の自覚はもちろんある。20年近く請け負ってきた某学会誌の仕事は昨年を限りに返上した。電子ジャーナル化のお手伝いは無理。というより「私の仕事ではない」ことをはっきりと意識した。生業ならば、時代の風潮になびく(しばしば「ニーズに合った」という表現が使われる)ことを仕事にしていかなければならないだろう。でなければ、必然的に「老兵は消え去るのみ」と相成る。自称「生涯現役」も、何のことはない、生業から見ればとっくに失業者の境遇なのであった。まあ、それは「自由業に定年なし」と言いかえれば主観的には済む話だが、そこではっと気づいた。もはや、私が仕事にしている本づくり(編集、製作、出版)は、自由業としてでしか遂行できなくなっている、ということに。
 もちろん、ここで言う「本」とは、紙に印刷された本物の本のことだ。電子媒体に保存されているのはデータであって、それ自体見ることも読むこともできない。パソコンもリーダーと呼ばれる装置も、電源なしでは使えないし、これ一台に何万冊「蔵書」できたとしても、プログラムが壊れれば終わりだろう。データも端末も本ではない。本物こそ本なのだと頑固に主張したい。
 電子書籍や電子ジャーナルが、重さと厚み(束:つか)をもった独立した一冊として存在し、装本の美しさが鑑賞の対象でさえあり得る、印刷、製本を経て出来上がる本と同列に「出版」という言葉で語られていることも腑に落ちない。元々の原稿は同じでも、供される利用形態はまったく違う。それなのに本を名乗るのはおかしい。例えば、原稿は、読めるけれど本ではない。コピーを複数とって配布しても、たとえそれを束にしたとしても、それを本と認識する人はいない。本の実物の複製、復刻版なら本である。そのように、「本」という言葉は明確なイメージを伴うものとして使われてきた。電子的な画面で読めることや、読むこと自体を否定する気持ちはないが、それを「読書」と言うことには抵抗がある。紙の本では得られない便利さやメリットを聞かされても、デジタル技術に慣れると有難みも薄れて、「そうでしょうね」と思うだけだ。電子ブックは「そのように利用できる手段」以上ではない。価格はその「使用料」なのであって、「本を買う」こととはまったく違う(因みに、本は再版制度による定価が付くが、電子になると定価でなくなる。その理由はここにあると私は理解している)のである。
 読書というと、フラゴナールの「読書する少女」を思い浮かべる。穏やかな気持ちでいつまでも眺めていたい、いい絵だ。他にも読書する姿(多くは女性像)を描いた名画がいくつもある。モデルが手にしているのは、もちろん本である。もしそれがスマホやタブレットだったりしたらどうか? 風刺画ならともかく、鑑賞に堪えない「迷画」となるしかないであろう。
 先日、菊地信義の『装幀余話』を書店で見つけ、即購入した。ぱらぱらとめくっていたら(本ならではの読書の一形態)、すごい言葉が目に飛び込んできた。曰く、本を読むと‘そこに「静まった心」がもたらされる’と。内容の面白さや知的興奮に読書の醍醐味を求めるのではなく、読書がもたらし得る格別な体験を、それらとは別の効用として指摘しているのである。私が想像するのは、ページをめくる指を休めてふと味わう、自分の中に沸いてくる思いを反芻するような感覚だが、その状態を心が静まるという言葉にし、その「静まった心」こそ「私の心」であるというのが、すごい。フラゴナールの絵にはその空気が描かれているようにも思えてきた。菊地は、そのような体験が可能なのは紙の本においてであると考える。本の物質性こそが絶対的に重要な意味をもつということを、さまざまな例をあげて説明している。電子メディアに対しては「物質性をないがしろにし、危うくする元凶」と断言。このあたり、いちいち腑に落ちる。紙の頁には裏表があり、匂いがあり、指の感触がある。それらの感覚は不変ではあり得ず、読む人によって多様に変化する。それが「鑑賞」の根拠となる。本も言葉も「モノとして」実感することの意味を踏まえ、「どうか紙の本を愛してください」と呼びかける菊地に心から同調する。
 その菊地も昨年逝ってしまった。それにしても、1万5千点以上の装幀を手がけたという仕事量のすさまじさに驚く。いちばん多いときは「年刊600冊、月に90冊やったことがあります」と、本人がインタビューに答えている。正業も生業も超えて、もはや神業(かみわざ)と言うしかない。
 今回は、新刊のタイトルに絡めて、コロナ「災害」下、ずっと感じていた社会的息苦しさについて考えさせられたことを記しておこうとも思ったのだが、やはり本の話になってしまった。

No.108

2021年9月某日
 今年2点目の新刊出来。ホームページの更新も2回目になるが,この雑記は,前回手を付けずに過ぎたので,数えてみたら19か月間も吹きさらしだった。その前も同じくらい空いているのは,新刊情報発信を迫られる状況になくHP更新を怠っていたせいである。この5年ばかり,新刊は年に1冊出るか出ないか。結論的には「低迷」の一言であるが,主観的には,製作期間をたっぷりかけていた(客観的には,それを能率の悪さと言う)ので,完成すれば,いい本であることを確信し,売れる(売れてくれなければ困る)と意気込んでいたのである。もし,その意気込みが報われることが些かでもあったなら,何かしら建設的な明るい展望に向けた作文を考えていたかもしれない。しかし,当てはことごとく外れる。そのたびに,時代が変わってしまった事実を思い知らされるが,困ったことに,変わっていない自分には,刷部数を半分に減らす(しかし価格は上げられない)という夢のない対策以外に,反省のしようがないのである。ぼやく余裕もない。
 それに,今なお続くコロナパンデミックである。一堂に会するリアル学会の開催は2年続けてゼロ。出展販売の機会が奪われた打撃は大きい。専門書店の厳しさは一入であろう。それよりも,学会自体,リモートだ,オンラインだで「間に合わせる」ことが,便利に進歩した手段とみなされ,コストパフォーマンスの尺度で「合理的に」語られることに危惧を覚える。テレワークやリモート授業も同様。そのような,本来追求されるべき本物の体験,社会的経験のほんの一部でしかありえない代替手段を,「ニューノーマル」などという言葉で,未来志向の目標のように思わせる言説を聞くが,全く気に入らない。非常時ゆえの異常事態(アブノーマル)と思う常識の共有のほうが大事なことのように思うからだ。私は,今までどおりの「ノーマル」な生活に戻りたい。そう思っていては「時代に遅れる」などという話は,眉に唾を付けて聞くしかない。
 デジタル化推進一辺倒,スマホ万能化を奨励する世の動向と,私の志向とは,ずれを感じるどころか,乖離していると言うべきなのだろう。「本なんか読まない」派の前に本を差し出しても,猫に小判なわけである。私自身は,多勢に無勢,時代の流れを押し戻す力はなくても,自らの志向を変えようとは思わないし,今言われている未来社会に生きることが,これまで自分が生きてきた社会より「幸せ」とはとても思えないので,むしろ抵抗勢力の一員でありたいと思っている。そして,「本を読みたい」読者のほうだけ向いて仕事をしたい。が,実業としての展望は如何? 残念ながら思考停止である。

No.107

2020年2月某日
1年半ぶりの更新になる。ここまで音沙汰なしを続けたら、見捨てられ、忘れられても仕方がない。それよりも、時折このサイトを訪ねてくださっていた方々に余計な心配をおかけしたことを、まずもって、お詫び申し上げます。この間、新刊のニュースもなく、内向きにも外向きにもいい話題が浮かばないことが、筆を遠ざける大きな要因でした。それ以外の言い訳は、甲斐のない個人的事情を連ねることにしかならないので、口を封じます。
1年半前に遡って雑記を続ける。前回枕にした駅前の書店が閉店したその後がどうなったかというと、改装オープンしたのはドラッグストアだった。近くに競合する店があり、大手スーパーもある。少し離れた幹線道路沿いには駐車場のある大店舗も複数あるのに、それほど需要があるのか? ドラッグストアの増殖ぶりが気になって、調べてみた。現在その数全国で2万店を超え、売り上げも2兆円超。興味深いことに、この数字は20年前の書店の数と本(書籍+雑誌)の売上高に匹敵する。出版界の現在はといえば、書店数も総売上高も20年前の半分に減っている。書店が消えてドラッグストアに替わったのは、まさに時代の変化を象徴していたわけである。
もうだいぶ前のことで、外国人の講演だったと思う。日本の印象として、薬局の数が多いことを指摘されて、確かに、と思った。その時は、コンビニの数よりも多いと知って驚いたのであったが、以来、調剤薬局が減った様子はない。その上巨大ドラッグストアが目立つのだから、医薬品や衛生用品の「消費量」は増え続けているに違いない。それが健康増進に寄与しているかどうかは知らない。ついでに言えば、医者も病院も減らない。すなわち病気も患者も減らない。医療費も増え続ける。医学の進歩はいったい何に貢献しているのだろう、と思わないでもないが、それはまた別の話である。いま考えたいのは、世の移り変わりについてである。栄枯盛衰、盛者必衰、諸行無常、さらには「万物は流転する」。いずれも1つの真理から生まれた言葉であろう。
ドラッグストアもやがてピークを迎える(もう過ぎたのかもしれない)。書店から替わった駅前店がいつまで続き、次は何に替わるか、冷めた目で観察することにしよう。出版の凋落ぶりも、最盛期を知る者の目に殊更そう映るまで、と思うと、少しは気が休まる。因みに、私がこの業界に職を得たのは1970年代初頭である。世の中全体拡大再生産が当たり前の時代であったが、出版物の売上高は急角度で一直線に上昇を続けた。しかし、ピークの90年代半ばを境に逆転、ずっと下降が続く。私の職業生活と重なる50年間の売上高の推移をグラフに描くと、真ん中の25年目を頂点として、左右対称の二等辺三角形になる。唖然とするほどのキレイさだが、問題はこの先である。どこまで落ちるか予測がつかない。議論も聞かない。楽観論が消えたのはいいとして、先の先に開ける展望を語る人を知らない。
とはいえ、今日に続く出版業が、勃興期から100年を優に超えて存続していることを、むしろよく永らえている、と見る目があってもよい。さらに、書物というもの自体に目を向ければ、人間にとって衣食住のニードに並ぶ精神的ニードを満たすものとして、数千年の歴史をもつのである。情報の量だけ取り上げれば無限大に蓄積されていく現代にあっても、紙に印刷された書物というあり方の本質的な強みを認めることができるのではないか。近代的出版業の事始めは興味深い逸話に満ちているが、始まりに、商売としての成功があることは論を待たない。落ち込んでしまった現状の打破も、本の強みをさらに発揮し、商売の成功をもたらす新たな業態を生み出す天才の出現を待つより他はないのかもしれない。
それにしても、小社は、出版の斜陽がいよいよ明らかな中、何の策ももたずにスタートしたのであった。本を作ることに惹かれるアルチザン的な気持ちは変わらず、仕事がいやになったことはないが、一向に商売にならない。それでも続ける理由を自問することもある。そのたびに消去法で残るのは、「やめたい」と思うには至っていない、である。情けない生涯現役であるが、創業以来の脳天気経営を顧みれば、理由はそれで十分だとも思う。運転免許証を自主返上する気がなく、愛車に乗り続けるのと同じようなものか。

No.106

2018年7月某日
 駅前の書店が閉店する。入り口の貼り紙で知った。新しい駅ビルの工事が始まっているので、もしや新店舗に移るとか?との淡い期待から、顔見知りの店員に尋ねてみたが、売上減による撤退以外ではなく、その後が何になるかも知らされていないという。平日は深夜12時までやっていて、勤め帰りに立ち寄る人で以前は結構賑わっていたのだが、この頃は客が少ないように感じていた。明らかに気づいたのは、雑誌を立ち読みしている人の少なさである。出版統計にみる雑誌の売上げ大幅減のデータそのままの光景である。2016年に書籍と雑誌の売上高が逆転して「書高雑低」になり、以来それが変わっていない。もちろん、書籍の売上げが伸びたのではなく、雑誌の落ち込みが激しい結果である。たぶん、それに反比例して増えているのが歩きスマホなのであろう。雑誌という形態はこのまま廃れていくのだろうか。
書物の歴史の中で雑誌がいつ誕生したのか知らないが、我々団塊世代は雑誌の時代に育ったのだと、つくづく思う。幼少期には少年少女雑誌が花盛り。何冊も買ってもらえるわけがなく、愛読誌を決めて友だち同士「回し読み」した。本屋のオヤジは立ち読みに目を光らせていた。近頃大問題になっている万引きとはだいぶ様子が違う。学年別の学習雑誌があり、受験雑誌があった。今では考えられないような部数が出ていたのではないだろうか、背伸びして天下国家を論じる年頃には、いくつもの総合誌が百家争鳴の論壇を形成していた。今思えば、それも広範な読者に支えられていたのである。我ら学生大衆が応援席や外野席を陣取っていなかったら、論戦が活況を呈することはなかったに違いない。雑誌は入場券であった。カメラ、オーディオ、音楽、映画、スポーツ、車など、趣味や関心のある領域のすべてに雑誌があった。「読みたい」読者がいたのである。読めばさらに興味がかき立てられ、売れ行きも伸びる。となれば、そんな雑誌を作りたいという思いが刺激されて「創刊ブーム」を招来した。私も出版社に職を得てすぐに、マイナーな専門分野ではあったが、その一端を担った。読み手と作り手と、出版社の経営者と広告主の期待とがめでたく合致した時代であった。それがバブル化の一側面であることも見逃してはならないが、その反省は別の話になる。競合誌が多かったから、読者は好きな雑誌を選ぶ目を養った。ということは、編集のセンスを評価していたわけである。
考えてみれば、テレビの時代も同時進行していて、学生が「本を読まなくなった」ことを憂うる声も聞かれた。雑誌は読書の対象と見なされていなかったのである。テレビは映画産業を脅かしたけれど、出版界にそんな気配はなかったように思う。テレビの話題が雑誌のネタになり、むしろ追い風になったのかもしれない。当時の「雑高書低」に読書ばなれ=書籍衰退の兆候を見る人もいたであろうが、雑誌は読書の牽引役と考えることもできた。事実、出版産業は右肩上がりを続けていたのである。
その様相を変えたのはインターネットとデジタル化であることははっきりしている。インターネットの時代、あるいは情報化社会が出版産業を危うくしているのはなぜなのだろうか。産業自体は時代環境に適応した業態を生み出して生きのびるか、淘汰の先に「進化」を遂げるかするであろう。そんな未来に私が関わることはあり得ないので考えない。ただ、本と読書については今現在の問題として考えさせられる。仕事を続ける根拠に関わるからだ。
スマホ漬けによる読書時間の減少が言われるが、何も読んでいないわけではない。多様なメディア環境にあって、目にしている文字量や時間はむしろ多くなっているのではないか。雑誌の時代を生きた私たちは、自分なりに選りすぐった記事を読むことに時間をかけた。知識として取り込むには、自分の理解力を精一杯はたらかせる必要があった。それが、単に知っているか知らないかではなくて、読むということの意味であり価値でもあった。インターネットの時代になると、そのような「読み方」が変わった。「検索」である。その結果、情報へのアクセスに駆り立てられ、情報量を増やすためにエネルギーが費やされる。読書は知ることの能率において検索に劣る。情報収集に時間をかけさせられたことは棚に上げて、読まないで済ませたことを便利だと思う。それで「読みたい」気持ちはどうなる? かつて知れば知るほど「読みたい」気持ちが増すと思われていたことが、逆転しつつあるように思われてならない。社会の仕組みも、それで間に合うように作られていっている。
考えなければならないのはここからなのだが、雑記の紙幅は尽きている。最後に一言だけ追加。雑誌が売れないのは「読みたい雑誌がない」からではない、読みたいと思う時間が奪われているのである。

No.105

2018年5月某日
 先月予告した新刊の製作は、23日出張校正して手を離れた。今は発売に伴う最低限の営業ノルマに追われているが、つかえることがしばしばで難儀している。やり方を忘れてしまって、1から復習なんてことも。それほどに久しぶりだったとあきれる気持ちの一方で、新しい記憶から失われていく老人特有の症状を自覚せざるを得ない。それと、前回ここに「営業に関しては、努力では補えない問題を抱えていると考えるべきなのかもしれない」と書いたことも気になる。あれから考えたことを書き留めておく。
販売・営業がなければ出版業もあり得ないことは承知している。曲がりなりにも出版社を続けてこられたのも、売れる(買ってくれる読者がいる)ことのうれしさを知ったことが大きい。それはダイレクトな実感で、注文があればいそいそと出荷作業にかかるのは今も同じだ。それなのに、もっと売れるためにやるべき仕事が後手に回るのはなぜか?と考えて、売れることで生じるのは受け身の「うれしさ」であって、能動的な「楽しさ」と同じではないということに気づいた。この「楽しさ」は「苦しさ」の反対ではない。むしろ正比例すると言ってもいいだろう。その意味で、私は本を作るという仕事を楽しんでいる。シャンソン歌手の深緑夏代さんは晩年、「うたうことの楽しく、そしてまた苦しく」と色紙に書かれている。彼女の歌を聴いたときの感動の源はこれだったのだと、心に染みてくるものがある。ずっと部屋に飾っていて、目にするたびに励ましを受けた気持ちになる。大歌手にとって、歌はそのような仕事なのであった。話を戻すと、売ることに対して、私はそのような「仕事」の自覚が薄いということに気づいたのである。売ることの「苦しさ」を知らない。それで売れないことをぼやくのは恥ずかしいことである。
こんなことに気づいたからといって、今さら変わりようがないのであるが。ただ、余計な愚痴や言い訳を封じる自戒にはなる。

No.104

2018年4月某日
 やっと次の新刊『回想アクティビティハンドブック』の発行予定が固まった。頁が確定して目次も出来たので新刊予告を解禁。まずはホームページに載せることにして、久方ぶりの更新にかかる。
索引づくりはこれから、装丁も決まっていないし、クリアすべき工程表の最終段階の項目はまだたくさん残っているが、目標の期限6月16日(認知症ケア学会)は絶対なので(実は昨年の学会に間に合わせるのが当初の予定であった)、発行めざしてやりきるしかない。販売筋から事前PRの重要性について言われていても、出来上がるまでは「つくる人」モードで手いっぱい。売るための方策は後回しになる。今回も、最低限のノルマ(発行案内のチラシ作成と主要書店へのFAX送信)以上のことはできそうもない。発行後はホッと力が抜けるのが人情で(と言わせてもらいたい)、後回しは挽回されないまま新刊時期が過ぎる。そんなパターンを繰り返してきた。営業努力が足りないと言われれば返す言葉がないのであるが、どうも営業に関しては、努力では補えない問題を抱えていると考えるべきなのかもしれない。
そんな私が、出版情報登録センターの「第2フェーズ」開始の知らせを受けて、先日、時間に追われているのに無理して説明会に出かけた。業界のシステムに我関せずと開き直るほどの剛胆さはないのである。そこで言われたのは、新刊情報を「とにかく早く」登録するようにということであった。書名も価格も未確定で結構、予定はいくら変えてもいいので情報発信せよ、と。それによって予約をとることもできるので、早ければ早いほどいいというのである。メリットだけを聞かされた訳だが、若干の違和感を禁じ得なかった。すべてが販売者の論理である。しかも、それがすなわち読者のメリットであることを少しも疑わない。営業・販売担当者の集まりだから当たり前と思われているようで、話が噛み合うはずがないので黙っていたが、情報を確定することよりも、早く流すことを優先するのが正しいことなのだろうか。
「出版情報」という言葉を掲げているのに、本をつくる者の論理も倫理も、一顧だにされずに話がすすんでしまう。こうした風潮は、このところ立て続けに露呈した、モノづくり日本の信頼を失墜させるような、名のある大企業の不正・不祥事、品質データの偽装・改竄を生んでしまったこととも、たぶん無関係ではあるまい。出版もれっきとした製造業である。出版情報は、本という製品の品質表示であるべきだ。であるなら、何よりも確かな情報が正しく伝わることを保証するシステムが求められなければならない。
フェイクニュースの横行に対して、ネット社会とはそういうものと半分あきらめ顔で「啓蒙」し、一般消費者には賢く上手に使う自己責任を説くだけの「進んだ社会」に、出版も無批判に適応するしかないのだろうか。それが出版の危機を打開する道とは到底思えない。滅びの道を急いでいるのでないことを願うばかりである。
冒頭の近刊予告に話を戻すと、原稿を前にしてから一冊の本にまとまるまで、これほどの長い道のりは初めての経験である。全体像が決まった昨秋あたりから、脇目も振らずにシコシコと、諸々棚上げにしたまま新年は旧暦で迎えることにして、年末の大掃除もパス。ホームページの更新にも気が回らず、山を越える目処とした旧正月(立春)は入稿開始がやっとで、組み上がるまでにはさらに2か月。それも瞬く間に過ぎて、桜もとっくに散ってしまった。その間、ホームページの更新を途絶えがちにしてしまった昨年の反省が頭の隅にあったし、劣化甚だしい社会現象に心穏やかでいられるわけもなく、敢えて言えば「憂国の情」に駆られた独り言をブツブツと発してはいたのであるが、いくら雑記とはいえ、本業の事情を離れて、馬鹿に対する繰り言にうつつを抜かすのは恥ずかしい。溜飲が下がるならまだしも、血圧が上がるだけと見切って、音なしの構えを続けてしまった。しかし、その間もホームページのURLは生きている。それが、生存証明よりも安否不明の心配の種になってしまう。今回もそんな反応をいくつかいただいて恐縮した。数日前、愛読している万能川柳に「廃屋のような昔のホームページ」とあった(毎日新聞、16日)。この感じ、わかる!現代の痛いところを突いた名句であろう。やっぱり廃屋はマズイ。人が生きている気配は感じてもらいたい。気を入れ直します。

No.103

2017年11月某日
 小社の年度末に合わせて7月末に取次の出先在庫の切り替えを行ない(取次の棚に各20〜50冊、合計880冊が収まった)、9月に常備書店への出荷を終えたばかりなので、しばらく注文が途絶える。そのかわりに昨年の常備店からの返品がどっとくる。先月、今期初めての注文が入ったが返品額にはとても及ばない。たぶん年末までこんな感じで、常備の清算が済まないと請求書を起こせない。毎年のことなので、ことさら落ち込んではいないが、やはり減っていくばかりの預金通帳を眺めるのは心細く、寂しいものである。
それよりも、今年は新刊を1冊も出していない、いや出せないで終わるのは確実で、そのほうがもっと寂しいはずである。しかし、思うのは時の経つ早さばかり。予定通り進まないことに対する切迫感に欠ける。この時間感覚と、仕方がないと思ってしまうのは、年のせいもあるだろう。年なんだからゆっくりやればいいと思うこともあった。だが、反省するに、私は危険運転の話題をことさら取り上げて高齢者に免許返上を勧奨するような風潮に対して、抵抗を覚える者なのである。だったら、逆の思考をはたらかせるのが道理であった。年なんだから急がなければならない、と。「年のせい」を消極的な理由にしか使えなくなったら、現役は終わる。
そんなふうに焼きの入れ直しを意識することで、ぼやけた気分が少し晴れたような気がする。ペースが落ちるのは年齢的自然だ。しかし、それには逆らえない自覚を甘えにしてはいけない。物忘れが多くなる老化現象に対して、それ以上にたくさん覚えればいいのだという励ましを思い出した。確かに。今ならまだ笑ってそう思える。当サイトのトップでは3点に新刊マークを付けているが、長いものは2年以上経っても「新刊」である。この現状はさすがにまずい。新刊マークが入れ替わるイメージは描けている。いま言えるのは、そのイメージトレーニングを忘れてはいけないということだけなのであるが。

No.102

2017年9月某日
 また更新を滞らせている。長いこと新刊が出る気配もなく(予告に消極的なホームページも珍しい? 実現できずに立ち消えにした苦い経験以来、事後広告のみにしている)信じてもらえないかもしれないが、開店休業を続けているわけではありません。それだけはまずお知らせしたうえで、現実的な言い訳を1つだけ追加する。小社の出版物以外に毎年引き受けている仕事があって、夏の一定期間はそれに集中しなければならない。今年も同様であったが、原稿量が昨年の倍以上あり、期限内にこなすのは相当に大変だった。やっと昨日、出張校正して責了にした。一段落したところで原稿用紙を広げた次第。
前回枕に書いた気分は一向に晴れないまま書き始めると、どんな異常事態も目に余る非道も、ワイドショーの話題として「消費」される以上の、言論らしい言論が育たないことを憂え、かつてパブリックな言論の場として機能した紙媒体の衰退(「左」を目の敵にする「右」が売りの月刊誌だけは勢いづいているようだが、他誌が消えてしまったぶん派手な広告が目立つのである。それ自体に言論がやせ細っている姿を見る)を追認し、その先の展望がひらけないところで筆が進まなくなる。で、やはりネット空間ばかりが肥大してゆく現代社会そのものに対する慨嘆になってしまう。
「万引きメディア」と糾弾されたDeNAの例を引くまでもなく、フェイクが横行し、人を騙し罠にかけることに知恵を働かせる場になっているネットメディアに、紙媒体がこうもたやすく駆逐されてしまったことを「進歩」とはとても思えないのである。それは右とか左とかの話にはならない。
ネットは当てにならないとか、賢い使い方をしなさいとか警告されても、自らの反省を込めて言うのだが、人は面白い話に飛びつき、フェイクに乗せられやすい。日常的な会話の中にもネットで仕入れた嘘情報が入り込んでいることがよくある。ガセネタほど、そう思い込みたい心理を衝いているので始末に悪い。実のある議論にならず、無駄な時間に消耗するだけである。ある著者の本を俎上に載せて「語り合う」のとは違うのである。
それに比べれば、週刊誌スキャンダリズムのほうが余程健全である。雑誌が軒並み凋落するなかで存在感を示している彼らを、私は応援している。紙媒体の最後の砦のように思われるからだし、何よりも、彼らは現場を踏んで、記事をつくるために自ら汗をかいているに違いないからだ。トップ屋という言葉はもう聞けないが、きれい事ではない、体を張ってネタに食らいつく仕事人がいなければ「文春砲」もありえまい。しかし、文春も新潮も部数減に苦しんでいることが想像に難くない。電車の中吊り広告は見ても、車内で読んでいる人をまったく見ない。スマホを手放せない絶対多数派に座席を占有されている車内風景が気味悪く思えてくることがある。漫画週刊誌を立ち読みしている若者もまったくみない。たまにしか電車に乗らない私は浦島太郎である。しかし、それが流行のスタイルなだけで、どこかで読まれているのだろうと辛うじて思うことにする。
誰だったか、スマホ漬けのすすんだ現在を「疑問を口にしづらい社会」という言葉にしていた。近頃、「話にならない」社会になってしまったとつくづく思っている私は、それに符合する記事を興味深く読んだ。一人ひとりが自分に都合のいい答えを見つければいい、それもスマホが教えてくれる、というのが今の常識的な感覚らしい。私には理解できない。ところが、筆者はそれを批判的に述べているのではなかった。「そういう時代なのだから・・・」と、賢い適応策を具体的に授けるのである。答と結論以外は「話にならない」という現実認識は同じでも、黒か白かの答なんかないと思っている(ここで「無知の知」にもとづくソクラテスのおしゃべりを想起する)私とは何かが違う。上手な対処法を学んでストレスを回避するよう助言されても、私は憮然とするばかり。今の時代にすすんで適応しようとしない私のほうが、やはりオカシイのであろうか? まあ、現代不適応症候群には違いあるまいが。

No.101

2017年7月某日
 更新を途絶えさせたまま3か月過ぎてしまった。貧乏暇なしは変わらないが、仕事にかまけて忘れてしまったわけではない。筆を執ろうとして、いい話がひとつも浮かんでこないことに嫌気がさしてしまうのである。悲憤慷慨の種ばかりで、それに対する書きなぐりのメモはたまっても、雑記の文章にはなっていかない。ここは論陣を張る場ではない。一息つく時間にしたいのである。よしなしごとに筆を遊ばせるなんてことはどだい無理なのであるが、できれば政治がらみの話題からは離れたい。どう書いても、理不尽で非道い現実が見えるばかりで、スッキリすることはない。言論を展開する能力も適性もない。嫌気がさすというのはそういうことだ。かといって、世の中を斜に見て諦観したり、厭世的な気分を募らせたりする文章も書きたくない。
 私の場合、希望の兆しを見つけて、あるいはどこかに見つけたくて、書いているのだと思う。どんなに否定的なことを書いたとしても、どこかで自分を納得させる流れに転調させたいと思っている。そうでないと文章を終えられない。リアリズムを徹底できないのである。
 前置きが長くなった。やっと書きたいことが見つかった。史上最年少14歳の藤井聡太四段の快進撃である。文句なしに明るい話題で、こんなに気持ちのよい大騒ぎもあるのだということに心を動かされた。29連勝の新記録樹立が新聞一面のトップを飾ったのにも違和感がない。解説記事は「人間ゆえの魅力」という見出しを付け、「ありがとう、藤井四段」と結んでいた(6月27日、毎日)。30連勝はならなかった。しかし、負けたこともまた明るい話題になった。藤井君は負けっぷりでも失望させなかった。将来の楽しみに変わっただけで、誰もが「残念」と言いながら笑顔である。勝つか負けるかのデジタル的な結果だけではないのである。負けを受け止める態度、そこに表われる人間に反応して笑顔になるのである。
 以前、AI将棋がプロ棋士と対局して勝ち続け、実力で人間を超えたというニュースに感動した人がどれだけいただろう。「将来が楽しみだ」と笑顔で語った将棋ファンはいないと思う。ソフトを開発した人間がいるわけだが、その人物に対する称賛はどうか? コンピュータの専門家の間でのことは知らない。というより、コンピュータオタクの世界のことが、我々一般人との間で感動を共有できていないという事実を認めることが重要である。
 もたらされた現実に困惑しているにもかかわらず、AIの進化に疑問を呈する論調は、私の知る限り、主要マスコミでは皆無である。生活全般の自動化、省力化、AIのコントロールに頼ることを「恩恵」であり「進歩」であるとするのが大前提になっていて、それに異議を唱えるのはタブーのようだ。せいぜい、悪用されないようにとか「対策」の必要性を付け加えるだけである。AIにかなわないことが「常識」になっていくなかで、藤井君人気の沸騰は、単なる天才少年に対する驚嘆だけではないように思える。AIの席巻を「面白くない」と思う気持ちが、生身の人間力に引き付けられたのではないだろうか。遠からずAIと勝負する日が来るのかどうか。私はそれを見たいとは思わないのであるが、その時、藤井君はどのような態度で臨むのか、また、人々はそれにどう反応するのか、興味深い。
 出版に関係する話題に引き寄せて終えることにする。「AIに小説を書かせる」試みが行なわれているらしい。売れている本の分析結果をインプットして自動執筆させたらいいなんてことも言われている。冗談じゃないと思うが、情報がネットに飛び交い、「フェイクニュース」が影響力をもってしまう現実をみれば、売れるための操作に心を奪われたIT起業家(「実業家」とは呼びたくない)が「勝者」となり、従来の作家や人間力に頼る出版者は退場させられる日が来ないとは限らない。しかし、そんな悪夢は忘れよう。新しい出版の天才出現を夢見たっていいじゃないか。

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