【著者紹介】
1952年鹿児島県曽於市末吉町生まれ、保健師。1974年国立鹿児島病院附属高等看護学院卒業、看護師。1975年鹿児島大学医学部附属保健婦学校卒業。同年4月保健師として鹿児島市に就職。鹿児島市中央保健所、山下保健所、谷山保健センター、市立少年自然の家、西部保健センターほかを経て、2011年北部保健センター所長。2013年3月定年退職。同年5月鹿児島大学医学部保健学科特任教授(〜2014年3月、2018年再任1年間)。公職をはなれてからはフリー保健師として、またボランティアとしてさまざまな活動にたずさわる。「98歳の保健師をめざして」現役続行中。自宅にて「ヒューマンネットワーク秘恵露庵」を主催。1980年仏教大学社会学部社会福祉学科卒業。1995年鹿児島大学大学院法学研究科修士課程修了。表彰:厚生労働大臣表彰(2022年)ほか。 |
| 【目次構成】 |
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T 私の保健師活動の原点と道標 |
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ケース・1 拒否され、罵倒された、初めての家庭訪問
ケース・2 ともに歩んでいこう――非力でも無力でも「できること」はある
ケース・3 住民自身が担う地域の健康づくり」
ケース・4 健康づくりは生き方や人生までを変える
ケース・5 支えられる側から支える側に――82歳の健康づくり推進員 |
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U 地域保健活動の実際――ヘルスプロモーションの追求 |
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1 保健師として「地区を担当する」ということ――健康なまちづくりと自己実現
2 脳卒中患者友の会「つくし会」とともに
3 健康づくりの拠点をひらく――谷山保健センターでの取り組み
4 市民による市民のための新たな地域活動の創設
5 市民とともに取り組む介護予防の推進
6 住民が主役となる事業――ボランティア活動を勧める保健師としての信念 |
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V いかに生き、いかに死ぬか――自分の死までも後輩の学びに献げたN先輩のこと |
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学ぶ人、人間を大切に思う人/闘病体験のただ中で/ボランティア、新聞、テレビの力を借りて/終末期の教育実践 看護に希望を託す/別れの時/人がよりよく生きるということ/語り継ぐために |
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W 98歳の保健師をめざして |
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保健師として生きることは/健康づくりの実践:必須8項目/元気の出る魔法/みんなが元気になることの実践/ヒューマン・ネットワーキングの実践/健康長寿 ナチュラルエイジング |
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X 大切にしていることば |
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Y 私の生きかた |
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1 「思うこと」あれこれ
2 老いの受容
3 野生植物への思い
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あとがき |
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